全3部の第1部 · 問題の所在
記録係が、門番になった。
インターネットでは、別々のネットワークに同じ番号を重複して割り当てないよう、誰かが記録を保つ必要がある。これは欠かせない仕事だ。問題は、その仕事がいつの間にか、アドレスの利用を認め、拒み、取り消す権力に変わったことにある。企業も公共サービスも国全体の通信も、その判断に左右される。ところが判断する側は、自ら生んだ損害の責任をほとんど負わない。
数字から見る
まず、要点から
登録機関は、何のためにあるのか
IPアドレスは、ネットワーク上で相手にたどり着くための番号だ。電話番号を思い浮かべるとよい。世界共通の番号として使うには、無関係なネットワークが同じ番号の持ち主として登録されないようにしなければならない。そのための記録を、世界の各地域で5つの地域インターネットレジストリ、略してRIRが管理している。ここでは「登録機関」と呼ぶ。
本来の役割は限られている。どのネットワークがどの番号を保有するかを記録し、保有者の変更が本物かを確かめ、二重登録を防ぐ。そして、他のネットワークや安全確認の仕組みが必要とする情報を公開する。私はこれを、番号が重ならないようにする記録係、あるいは大きくなる街の住所録にたとえてきた。住所録は誰がどの住所にいるかを記し、通信が届くのを助ける。
この仕事を否定したいのではない。インターネットには、信頼できる記録が必要だ。問い直すべきなのは、その仕事の上に積み重なった権力である。
「住所録の管理者は、家の所有者ではない。」
名簿が、関門に変わるまで
登録機関の規則は、アドレスが十分にあり、ほぼ無価値だった頃に作られた。「公共資源」「必要性」「管理責任」という言葉も、大きな利害がなければ問題になりにくかった。その後、無料で新規配分できるIPv4の在庫は尽きた。アドレスは売買され、貸し出され、資金調達や訴訟の対象となり、企業が顧客へサービスを届ける基盤になった。規則の言葉は昔のままなのに、今は価値あるものを誰が使えるかを決めている。
いくつかの地域では、買い手はまず、アドレスが必要で、指定された期間内に使うことを登録機関に認めてもらう。ノートで取り上げたAPNICの規則には24か月以内の利用計画があり、ARINでは、より大きいブロックの少なくとも半分を24か月以内に使うことを資料で示す。2026年2月のAFRINICの新しい移転方針について、私はさらに強い統制を読み取った。移転には事前の書面承認が必要で、一部のアドレスは地域外に出せず、承認した経路以外での移転は認めないというものだ。
それは、番号の重複を防ぐ作業とは違う。売り手の権限と記録の正確さは、買い手の事業計画に合否をつけなくても確認できる。ところが登録を通じて、リース、顧客の所在地、事業形態まで取り締まるようになった。従わなければ取り消せる。このように執行権限が広がることを、私は問題にしている。
「希少性が書記を大家に変えることはない。」
権力と責任が釣り合っていない
登録機関の決定一つで、売買が止まり、ネットワークのアドレスが使いづらくなり、経路を信頼するための安全情報まで揺らぎうる。ところが損害が生じても、その責任は極めて小さい。ノートで読んだAFRINICとARINの契約は、賠償額を6か月分の料金か100米ドルの高い方までとする。APNICの契約は自らの責任を除外し、会員に補償を求める内容になっている。団体規模の予算しかない組織が、とても弁償できない価値の資産やサービスを左右している。
利用者が離れられるなら、まだ選択の余地はある。だがネットワークは、担当する登録機関がどう振る舞おうと、アドレスをその地域に置くしかない。携帯電話の番号を変えずに事業者を替えるように、記録の管理先を選び直せない。
影響は企業の損失にとどまらない。5つの登録機関は、モーリシャス、米国、オランダ、オーストラリア、ウルグアイの法律に基づく民間組織だ。ある国の番号体系が混乱すれば、その国の人々が被害を受ける。一方、判断を握るのは外国の民間組織で、責任は100米ドルにとどまりうる。私はこのねじれを「主権の逆転」と呼ぶ。
「独占から主権が生まれるわけではない。独占から生まれるのは義務である。」
誰から、代表する権限を預かったのか
登録機関やインターネット統治の場では、権限を説明するために「地域」「大陸」「コミュニティ」「エンドユーザー」を代表するという言葉が使われる。しかし、その広さと実際の参加者は釣り合わない。ICANNの定款が個人利用者のための場と位置づけるAt-Large諮問委員会は15人。一方、ネット利用者は約60億人に上る。2025年5月のRIPE NCC会員投票も、有資格会員19,713に対して1,039票、投票率は5.3%だった。
参加そのものには価値がある。私が反対するのは、参加したことを、その場にいない人まで拘束する権限にすり替えることだ。サービス地域は事務上の区分であって、一つの政治的な「人民」ではない。判断の影響を受けることと、判断を任せられることも違う。顧客と契約し、ルーターを動かし、障害時に責任を負う運用者が、自らのネットワークを左右する会議では、多数ある声の一つにされてしまう。
「ステークホルダーは実在するが、委任は存在しない。」
代償を払うのは誰か
登録機関ではなく、運用者が払う。手続きの遅れ、法律対応、成立しなかった取引という形で。その顧客も払う。高くなった料金や、アドレスを前提に作ったシステムの番号変更という形で。そして、それらのネットワークに依存する国々も影響を受ける。
特に重い負担を負うのが、規則によって守られるはずだった資金の乏しい人々だ。「必要性」に応じた長年の配分で多くを得たのは、すでに大きかったネットワークだった。ノート59の数字では、割り当て済みIPv4の43.63%を米国が持ち、AFRINIC地域全体は約3.15%にとどまる。料金、書類、不確実性は、裕福な大手より小規模な事業者に重い。地域外への移転を禁じれば、地域の保有者が持つアドレスの価値も下がる。私はこれを、貧しい者ほど余分に負担させられる仕組みだと考えている。
しかも、多くの負担は表に出ない。小さな事業者は争う費用を払えず、和解し、従い、あるいは撤退する。その沈黙まで、同意の証拠にされてしまう。
「資産が外へ出られないからといって、地域が豊かになるわけではない。」
机上の話ではない
この構造に負荷がかかった例がAFRINICだ。同機関の説明によれば、2022年から理事会の定足数を満たせない状態が続き、裁判所が選挙を実施する管財人を選任した。新たな理事会は、選挙自体も争われるなか、2026年2月にアドレスを地域内にとどめる移転方針を批准した。3月には、その批准を争う訴えが提起された。自分の組織を安定して運営できなかった機関が、なおネットワークのアドレスの扱いを決めようとする。
アフリカだけが特別なのではない。他の地域にも、同種の契約、責任上限、必要性審査がある。登録機関を承認するための上位規則も見直されている。AFRINICの訴訟は広く知られた事例だが、論点は個別の争いではない。それを可能にした構造である。
だから私は、悪い人がいるという話より、設計の失敗として捉える。説明責任の弱い機関に、人々の生活を支える基盤を左右する力を与えれば、理事が誰に替わっても、同じ種類の損害が起こりうる。
「ここでこれができる制度なら、どこでもできる。」
読者からの問い
結局、ご自身とAFRINICの紛争の話ではありませんか?
インターネットの安定には、こうした権限が必要では?
市場に任せると、貧しい国が不利になりませんか?
このページのもとになったノート
ここでは論点をまとめた。それぞれの根拠と、詳しい議論をたどる。
- ノート67水道会社が「あなたの家は私のものだ」と言い出したら水道会社のたとえから、サービスの独占と所有権の混同を考える。
- ノート52レジストリの権力が賠償責任から切り離されるとき――現行のRIR調整モデルはなぜ今の形では存続できないのか契約と予算を読み、登録機関の権力と賠償責任の隔たりを追う。
- ノート58論考58:二重の搾取から主権の逆転へ――国家はいかにして100米ドルの責任上限でRIRに主権的な支配権を奪われるのか一国の番号体系が外国の民間組織に左右される構造を掘り下げる。
- ノート73マルチステークホルダーという蜃気楼――参加を委任へとすり替えたモデル「コミュニティ」「エンドユーザー」の代表性を、数字と制度から確かめる。
- ノート74必要性の根拠と事前承認――IPv4移転に対するRIRの拒否権必要性の審査が、技術確認から投資への拒否権に変わる境界を示す。
- ノート71政策の鏡――AFRINICの2026年規則はいかにレジストリを台帳から資本統制へ変えるのかAFRINICの2026年の規則を、条項ごとに読み解く。
- ノート59論考59:貧困へのペナルティ――RIRモデルは「平等」を掲げながら、いかに貧しい人々に負担を課すのか必要性に基づく配分で、実際に誰がアドレスを得たかを数字で見る。
- ノート42中立な帳簿係はいかにして脆い権力になったのか責任に見合わない権力が、組織を強くするどころか脆くする理由を考える。