論考59:貧困へのペナルティ――RIRモデルは「平等」を掲げながら、いかに貧しい人々に負担を課すのか
レジストリの仕組みは、そもそも富める者と貧しい者の間で希少性の偏りをならすためにつくられたのか?

同じ書類仕事でも、小さな事業者の資源に占める割合ははるかに大きくなりうる。Lu Hengは、同一の要件が本当に平等な負担を生むのかと問う。
現在のIPv4市場批判は、耳当たりのよい虚構に依拠している。RIR制度は、不平等な国々の間で希少資源を平等にするために設計され、後に市場がその使命を歪めた、という虚構だ。そうした設計ではなかったし、市場がその使命を歪めたわけでもない。今やおなじみの議論では、IPv4の「商業化」が、本来は安価な公共財だとされるものを高価な商品に変え、その負担がエンドユーザーへ転嫁されることで、貧しい国々、とりわけアフリカの国々を害するという。この物語では、市場は略奪的で、アフリカは受け身であり、希少性を価格に表すことを認めれば、エンドユーザーが必然的に犠牲になる。The Wall Street Journalは最近、この道徳劇を手際よくまとめたものを示した。
この主張が修辞的に有効なのは、誤った比較から始めているからだ。市場は、実際に存在した制度と比較されていない。一度も存在しなかった平等な秩序と比較されている。地域インターネットレジストリ制度は、豊かな国から貧しい国へアドレス空間を再分配するために築かれたのではない。世界全体で一意な番号資源を調整し、登録、文書化、利用状況の審査、ポリシーを通じて希少資源を管理するために築かれた。NROはこれを「インターネットアドレス管理」の枠組みと説明し、その下で組織は通常、会員となり、レジストリサービスの手数料を支払うとしている。この説明は重要だ。道徳的な包装を取り去るからである。制度の実際の機能から出発すれば、平等化装置という神話は崩れ始める。
不平等な世界の中で需要に基づく配分を行っても、不平等は解消されない。ルールとして固定される。インフラ、顧客、投下された資本、人員、組織的な能力が多いほど、文書で示せる「需要」が増える。文書で示せる需要が増えれば、アドレス空間も増える。したがって、より豊かで大きなネットワークは、制度の外で繁栄するだけではない。制度の中でも、その要求を満たしてもらいやすい。それはルールからの逸脱ではない。ルールが設計どおりに動いているのだ。制度は、不平等の上に立ってそれを是正するのではない。既存の規模と能力を読み取り、管理上もっともらしい結果に変えるのである。
希少資源を管理するために築かれたのであって、再分配するためではない
制度の基礎文書は明快だ。RFC 2050は、レジストリ制度を、世界全体で一意なアドレス空間を配分し、その配分を定めるポリシーと指針の下でレジストリを運営する仕組みとして記述している。RFC 7020は、インターネット番号レジストリ制度を、有限のプールの管理、経路集約を支える階層的な割り当て、一意性と運用上の有用性を保つための正確な登録という観点から記述している。これらは技術的な目標だ。一意性、保全、経路制御への適合性、正確性である。再分配の目標ではない。
「管理責任」という言葉を使っても、それは変わらない。レジストリのポリシーにおける管理責任とは、貧しい国々に、貧しいという理由でより多くのIPv4を与えることではない。希少な技術資源を、保全と運用上の需要に従って管理することである。ARINのポリシーマニュアルは、それを直接述べている。一意性には共通のプールが必要であり、保全には、稼働するネットワークを支える技術的需要を持つ組織への効率的な配分が必要であり、経路制御への適合性は拡張可能なルーティングに関わり、管理責任とは、それらの原則を適用することだという。望むなら、その設計を技術的な理由で擁護することはできる。福祉の仕組みだと、正直に説明することはできない。
門番機能は、付随的なものではない。仕組みそのものだ。AFRINICのポリシーマニュアルは、組織が義務を履行している会員であり、効率的な利用を示し、「スロースタート」と利用率のルールに従うことを要求している。また、割り当て規模を職員が決定することも明記している。後に希少化によって、新規割り当てから移転へと関心が移った際にも、市場が官僚制に取って代わったわけではない。その中に組み込まれたままだった。AFRINIC、APNIC、ARINはいずれも、移転の受け手に需要の証明と契約の締結を要求し、ARINの場合は明示的に、移転を完了するための該当手数料の支払いも要求している。したがって、批判者が非難する「市場」でさえ、まず許可制の事務的なボトルネックを通り抜けなければならない取引であることが多い。
この点は決定的だ。RIR制度は、貧しい国々に、貧しいからという理由でより多くのIPv4を与えるよう設計されたことは一度もない。一意性を保ち、浪費を抑え、経路制御への適合性を維持し、示された運用上の需要に従って希少資源を割り当てるよう設計された。したがって、商業化が当初の平等主義的な使命を裏切ったという議論は、設計の段階で成立しない。裏切るべき、そんな使命は存在しなかった。
結果に疑いの余地はない
レジストリ層が本当に平等化を進めているなら、何十年もの運用によって、番号資源の集中は緩和されているはずだ。最初のRIRが設立されたのは1992年である。したがって、このモデルには、時間とともに何をもたらすかを示すため、30年以上あった。その実績は曖昧ではない。
世界レベルでは、Geoff Hustonの国別分布報告によると、米国の割り当て済みIPv4アドレスは1,608,786,848個で、割り当て済みアドレス空間の43.63%を占め、中国は342,951,680個、9.30%を占める。両国で、割り当て済みIPv4の半分を超える。地域レベルでは、同じデータセットは、世界の割り当て済み総数3,687,286,208個のうち、AFRINICの割り当て済みIPv4アドレスを116,013,824個としている。Telecom SudParisが別にまとめたRIRの委任統計ファイルでも、AFRINICの総数は同じであり、世界の委任済みIPv4に占めるAFRINICの割合は3.15%と計算されている。
アフリカ内部の状況も、褒められたものではない。2026年3月23日時点のAFRINICの委任表では、南アフリカが27,142,656個、エジプトが24,149,504個、モロッコが12,273,920個のアドレスを保有している。この三か国だけで63,566,080個を保有し、レユニオンとマヨットを除いた主権国家の総数の、およそ55%にあたる。対照的に、同じ表の下位30主権国家をすべて合わせても、IPv4アドレスは3,166,464個で、主権国家の総数のおよそ2.74%にすぎない。
これは、平等化装置の故障ではない。平等化装置という神話が、算数に突き当たったのだ。下位30主権国家に2.74%しか残さず、上位三か国がおよそ55%を保有する制度は、希少資源を平等にしているのではない。集中を管理しているのである。
企業との比較は、この点からさらに逃れにくくする。NetworksDBの運用IPv4アドレス数による組織ランキングには、米国国防総省とRIPE NCCという特殊例を除いても、大口保有組織として、China Telecomが152,019,663個、Amazon.comが119,302,643個、Microsoftが97,174,985個、AT&T Enterprisesが95,444,917個、Verizon Businessが92,504,365個、Comcastが92,310,946個、Amazon Technologiesが78,933,200個、China Unicomが68,487,894個、Charterが64,129,162個、Deutsche Telekomが56,150,336個と並んでいる。これらの主要な商業保有者の中で最も少ないDeutsche Telekomでさえ、一社だけで、アフリカの下位30主権国家の合計のおよそ17.7倍に達する。
何十年にもわたるレジストリの「管理責任」の後に現れた構図は、したがって明白だ。世界規模では集中が続いている。地域レベルでは、それが再生産されている。アフリカ内部でも、集中は著しいままだ。制度は不平等を解消していない。不均等な規模を管理上の結果に置き換え、その置き換えを称賛するよう求めてきたのだ。
なぜ貧しい側に最も重い負担が落ちるのか
これが明らかになると、問うべきことが変わる。もはや、商業化という響きが好ましくないかどうかではない。レジストリ層が、弱い事業者と貧しいエンドユーザーの接続費用に、何をしているかである。
費用を増やしている。より正確には、固定費、遅延、不確実性、手続きへの依存を加えている。これらの負担は上流で生じ、下流へと移っていく。
NROは、会員が必要とするサービスに応じてRIRに手数料を支払い、各RIRが独自の料金体系を定めると、明確に述べている。RIPE NCCの請求手続きには、年間サービス料、加入料、特定の資源に対する追加料金が記されている。移転手続きには、独自の条件と費用が加わる。ARINは契約の締結と該当手数料の支払いを要求する。APNICとAFRINICは需要の証明を要求する。RIPEは契約関係を要求し、希少資源の移転を制限する。どれも消えてなくなるわけではない。事業者が吸収し、料金プランに織り込み、転嫁できるところでは転嫁する。
経済的な要点は単純だ。規模の小さい市場では、制度に伴う固定的な間接費は中立ではない。逆進的である。豊かな市場の大規模事業者は、法的審査、ポリシーへの対応、会費、事務上の遅延、不確実性を、多くの顧客に分散できる。貧しい市場の小規模事業者にはできない。したがって、同じ官僚的な層でも、その下の事業者が小さく貧しいほど、懲罰的になる。豊かな市場では対処可能な摩擦で済むものが、貧しい市場では実質的な課税になる。
だから、「貧困へのペナルティ」が適切な呼び名なのだ。負担は、明示された手数料だけではない。手数料に、規則対応の費用、遅延、不確実性、裁量への依存が加わる。弱い事業者にとって、こうした隠れた費用は、目に見える価格より有害になりうる。比較しにくく、資金を調達しにくく、交渉で回避しにくいからだ。
商業化批判が因果関係を逆に捉えているのは、ここである。市場を不平等の原因として扱うが、需要に基づく門番制度は、移転市場が目に見えるようになるずっと前から、豊かな既存事業者を有利にしていた。豊かな事業者は、すでに人員が多く、書類が整い、ルールに通じ、法的な対応力が強く、遅延に耐える能力も高かった。市場がその非対称性を作ったのではない。レジストリの手続きは、すでにそれらを「需要」と読み取り、それに応じて報いていたのである。
価格についてほかに何を言おうとも、価格なら、比較し、予算に織り込み、資金を調達し、交渉できる。裁量ではできない。裁量は、アクセスを政治的な関係に変える。市場は、不完全であっても、それを取引に変える。これは道徳の問題ではない。制度の問題だ。アクセスの費用を手続きの中に隠し、それを美徳として提示したところで、貧しい人々は恩恵を受けない。
市場が問題を作るのではない。問題を露わにする
商業化の批判者は、市場がIPv4の希少性を生んだかのように書くことが多い。生んでいない。希少性は設計上の事実であり、歴史上の事実だ。IPv4は32ビットのアドレス空間を使い、取りうる値は4,294,967,296個で、その多くは特殊用途に予約されている。希少性が存在するかどうかは、問いではない。存在する。問いは、未配分のプールが枯渇した後に、希少資源をどう移動させるべきかである。
ここでの証拠は、反市場の物語の擁護者が望むほど、その物語に好都合ではない。CAIDAの「Lost in Space」研究は、能動的・受動的な測定を用い、その手法では、利用可能なIPv4アドレス空間のうち使われていたのはおよそ37%にすぎず、割り当て済みの/24ブロック340万個が世界のBGPで観測されず、レガシーの/24ブロックで利用されていたのは9.5%にすぎないと推計した。未使用ブロックの大半は米国にあった。これは、貧しい国々が公平な競争で単に負けた世界ではない。歴史的な特権、過去から持ち越された保有、不十分な利用によって形づくられた世界だ。
移転市場の研究も、同じ方向を示している。報告されたIPv4移転に関するCAIDAの分析は、そのデータセットでは、買い手による組織的な囲い込みの証拠を見いださなかった。移転されたアドレス空間の大半は、移転後にルーティングされていると報告し、移転後には利用が増える傾向を見いだした。その多くはレガシー保有に由来していた。APNIC自身の分析も同様に、移転されたアドレス空間の高い割合が、移転後にルーティングされ、その多くが初めて経路に載るか、経路に載っていない期間を経て再び載るようになったと報告した。この構図は、略奪というより再配分に見える。十分に使われていなかった歴史的な保有資源が、実際の運用へと移っているのだ。
市場がすべてを解決するわけではない。豊かな主体は、今なおより多く買える。不正利用のリスクも現実にある。移転市場の不正利用に関する研究は、一部の脅威分類では、移転されたアドレス空間がブラックリストに不釣り合いに多く現れることがあり、移転が、悪意ある主体に利用されうる不確実な期間を生むことを示唆している。だが、それは、より明確な権原、より強い検証、よりよいルーティングセキュリティ、より透明な登録を求める理由だ。配分論理がすでに既存の権力を映し、手続きの負担がすでに弱者に最も重くのしかかっていた官僚機構を、美化する理由ではない。
したがって、真剣に比べるべきなのは、汚れた市場と慈悲深い官僚機構ではない。希少資源を配分する、二つの不完全な方法である。一方は費用を門番機能の中に隠し、その結果を道徳的な管理責任として提示する。他方は、目に見える取引の中で費用を明らかにし、少なくとも可能性として、十分に使われていない資源を生産的な利用へと再配分する。歪んだ市場への答えは、より健全な市場だ。聖なるものとして祭り上げられたボトルネックではない。
責任追及の算数
この議論には、もう一つ、正体を物語る兆候がある。責任の割り振り方の歪みだ。
IPv4アドレス1,000万個としてみよう。IPv4全体の規模、つまり4,294,967,296個の可能な値に対して、およそ0.23%である。今、その数字に背負わせようとしている説明の重みには、あまりに小さい割合だ。それなのに、1%の4分の1にも遠く及ばない割合に関わる主体が、世界的な不平等の象徴に仕立てられ、その残りを何十年も管理してきた統治構造には、今なお平等の言葉で語ることが許されている。
それは分析ではない。目くらましだ。
要点は、私や私の会社、あるいは二次市場に賛成するかどうかではない。規模である。1,000万個のアドレスでは、IPv4の世界的な集中を説明できない。世界の割り当てにおけるアフリカの割合の小ささも説明できない。アフリカの三か国が主権国家の総数のおよそ55%を保有する一方、下位30か国が2.74%しか持たない理由も説明できない。欧州や米国の一大事業者が、今なお、より弱いアフリカの数十か国を合わせた量を上回る理由も説明できない。そうした結果を生んだのは、はるかに大きな構造が、はるかに長い期間にわたって作用したことだ。
世界的に見れば、1,000万個は制度全体ではない。その中の小さな一部分だ。その数字を不平等の象徴に変え、残り99.77%を割り当てた制度を道徳的な権威として扱うのは、真剣な推論ではない。権力が実際にどこにあったかを見ることの拒否である。
貧しい人々のための、本気の政策課題
誤った比較を取り除けば、改革の道を見いだすのは難しくない。
共有される一意性の層は、可能な限り最小限に保つべきだ。実際に一意性、レジストリの基本的な完全性、正確な記録を確保する部分である。制度は、そのために築かれた。番号資源の官僚機構に、摩擦、遅延、裁量的な審査を通じて、世界規模の社会政策を実施するよう求めてはならない。そのために設計されたことは一度もなく、結果がそれを示している。
そのうえで、接続性がすでに最も弱い場所で、まさに接続を高くする通行料を取り除くべきだ。裁量による摩擦を減らす。権原を明確にする。移転とリースのルールを整理する。価格と手続きを、より透明にする。移転が行われる場面で、検証、登録の正確性、ルーティングセキュリティを強化する。つまり、調整機能は維持し、逆進的な間接費を削るのである。
そして、政府が本当に再分配を望むなら、再分配を行えばよい。電力、バックホール、光ファイバー、端末、教育、競争的な市場構造に対して補助金を交付すべきだ。接続の実際の費用を、直接引き下げるべきである。してはならないのは、逆進的な費用構造をレジストリの手続きに埋め込み、その結果を平等と呼ぶことだ。
割り当ては正義ではない。事務管理は連帯ではない。市場の言葉を嫌うだけで、制度が貧しい人々の味方になるわけではない。30年以上を経たRIRモデルには、世界の平等化装置を名乗る、信頼に足る根拠はない。実際にしてきたのは、もっと限定的で過酷なことだ。既存の不平等を制度化し、その上に逆進的な門番機能の層を課し、制度の中で最も弱い主体に、その負担を道徳原則として受け入れるよう求めてきた。
それが、貧困へのペナルティである。貧しい人々が必要としているのは、なぜアクセスを制限し続けなければならないかについての道徳劇ではない。より安く、より速く、より予測可能なアクセスだ。