水道会社が「あなたの家は私のものだ」と言い出したら
水道会社があなたの家の所有権を主張したら、受け入れるだろうか?

接続を提供したからといって、接続先の所有者になるわけではない。
あなたの水道会社が、こう言い出したと想像してほしい。
この地域で水道を供給しているのは私だけなのだから、私はあなたを代表している。
私があなたを代表しているのだから、あなたには私への忠誠義務がある。
あなたには私への忠誠義務があるのだから、供給業者を変えることは許されない。
供給業者を変えることが許されないのだから、あなたの家は実質的に私のものだ。
そして、あなたの家は私の水道管に依存しているのだから、私はあなたを脅し、不当に高い料金を請求し、あなたから搾り取り、際限なく値上げしてよい。
まともな人なら誰でも、この会社はどうかしていると言うだろう。
正確に言えば、会社はどうかしているわけではない。
それより悪いことをしている。
公益サービスの提供という機能を、主権の主張へとすり替えているのだ。
水道会社はサービスの提供者である。
家の所有者ではない。
住民の代表者ではない。
その地区の政府ではない。
道義上、水を所有しているわけでもない。
住民に別の水道管を選ぶ余地がないというだけで、政治的な権限を得るわけではない。
独占していることは、所有していることではない。
サービスの対象地域は、領土ではない。
料金を請求する関係は、忠誠を誓う関係ではない。
水道管がつながっていることは、所有権の根拠ではない。
サービスを止める能力は、支配することを認める合法的な権利ではない。
水道会社が唯一の供給者なら、導かれるべき結論はむしろ逆である。
裁量は、より狭くなければならない。
義務は、より重くなければならない。
料金設定には制約がなければならない。
記録は監査可能でなければならない。
その行動には、より厳しい制限が課されるべきである。
そして制度は、別の供給者への切り替え、緊急時の供給、あるいはサービスの移行を可能にする道を用意すべきである。
独占から主権が生まれるわけではない。
独占から生まれるのは義務である。
AFRINICの囲い込み方針の根本的な不条理は、ここにある。
AFRINICの問題は、登録機能を担っていることではない。
登録機能は必要である。
インターネット番号資源には一意性が必要だ。
IPアドレスとASNには正確な記録が必要だ。
ネットワークは、同じ番号資源が重複して登録されていないと確認できなければならない。
調整を担う層は、運用の継続性を保たなければならない。
これらは技術的な機能である。
ところがAFRINICは、この限定された技術的機能を別の何かへと変えている。
地域の登録業務を管理することを、その地域を所有することのように扱っている。
データベースに対する権限を、資産を支配する権限のように扱っている。
会員であることを、忠誠を誓っていることのように扱っている。
ポリシーを解釈することを、稼働中のネットワークの運命を決める権利のように扱っている。
要するに、こう言っているのだ。
あなたは私の地域にいるのだから、私を利用しなければならない。
私を利用しなければならないのだから、私のもとを離れることはできない。
離れることができないのだから、あなたの資源が存続できる条件は私が決めてよい。
その条件を私が決めるのだから、あなたの事業モデル、顧客、事業の地理的な範囲、リース、移転、商業利用について、私が是非を判断してよい。
そして、あなたが異議を唱えるなら、登録抹消をちらつかせて脅してよい。
これは、水道会社が「家は私のものだ」と言っているのと同じである。
レジストリは番号資源の所有者ではない。
RIRは国家ではない。
サービスの対象地域は、政治的な主体としての人民ではない。
ポリシーを議論する会議室は、立法府ではない。
会員契約は、政治的な忠誠の誓約ではない。
データベースの記録は、没収の道具ではない。
核心にある危険は、単にAFRINICが機能不全に陥ったことではない。
組織は機能不全に陥る。
レジストリも機能不全に陥る。
理事会も機能不全に陥る。
選挙も機能不全に陥る。
手続きも機能不全に陥る。
民間企業も機能不全に陥る。
核心にある危険は、AFRINICが機能不全に陥り、権力を濫用し、対立に巻き込まれ、信頼できなくなり、あるいは信用を失ったとき、資源の保有者には現実に使える退出手段がないことである。
それが囲い込みだ。
そして、この点は正確に述べなければならない。
これは会員の移籍の話ではない。
私は、ある会員がAFRINICからARIN、RIPE NCC、APNIC、あるいは別のRIRへ移ることを論じているのではない。
企業が法的な本拠地をある地域から別の地域へ移すことを論じているのでもない。
会員資格の移行を論じているのでもない。
誰がどの会議に出席し、どこに会費を払い、どの地域の法人組織に属するかを論じているのでもない。
それは論点ではない。
論点は、特定の番号資源について、その登録管理、登録記録、管理権限の証明、運用の継続性を、機能不全に陥り、権力を濫用し、対立を抱え、あるいは信頼を失ったレジストリから切り離し、別のレジストリへ移せるかどうかである。
これは資源単位でのポータビリティである。
会員単位の移籍ではない。
会員であることは、契約上の関係である。
番号資源は、運用上の資産である。
会員は、会計上の単位である。
番号資源は、インフラである。
会員は、ある地域にとどまっていてもよい。
それでも、個々の番号資源には障害時に切り替えられる経路が必要だ。
会員は、レジストリを運営する法人の会員規則に従って、会員であり続けてもよい。
だからといって、個々のIPアドレスブロックが、そのレジストリの政治的、法的、あるいは運用上の破綻に永久に閉じ込められてよいわけではない。
水道メーターが水道会社のシステムに登録されているというだけで、家が水道会社のものになるわけではない。
番号資源の記録がAFRINICのデータベースにあるというだけで、ネットワークがAFRINICのものになるわけではない。
登録記録は現実を記述する。
現実を所有するわけではない。
IPv4が現実の資産となった時点で、囲い込みは単なる事務上の不便ではなくなった。
資産の支配になったのだ。
囲い込みは流動性を抑え込む。
資金調達の確実性を壊す。
リース市場を萎縮させる。
移転可能性を弱める。
レジストリの裁量を、商取引で相手を従わせる力へと変える。
そしてレジストリは、価値が破壊されたときの損失を負わずに、その価値を支配できるようになる。
これは最も危険な権力の形である。責任を負わない支配だ。
AFRINICは、こう言うことができる。
あなたの事業上の損失は、私が負うものではない。
あなたが顧客を失っても、その損失は私が負うものではない。
あなたの資金調達上の損失は、私が負うものではない。
あなたのルーティングが混乱しても、その責任は私が負うものではない。
あなたの資産価値が破壊されても、その損失は私が負うものではない。
それでも、あなたの資源の登録上の地位を脅かす権力は、私が持ち続ける。
それは調整ではない。
人質を取って振るう権力である。
水道会社が際限なく値上げし、給水停止をちらつかせ、他の供給者への切り替えを妨げ、移行を認めず、それでいて自らが引き起こした損害について一切の責任を否認できるなら、誰もそれを公共サービスとは呼ばない。
インフラの私物化と呼ぶだろう。
AFRINICの囲い込み方針は、この構造をインターネット番号資源に適用したものである。
地域を檻に変える。
登録記録をつなぎ縄に変える。
会員であることを服従に変える。
ポリシーを没収のリスクに変える。
技術的な調整を、独占を利用した収奪に変える。
レジストリの本来の役割は、限定的なものだ。
一意性を維持してよい。
誰がどの番号資源を保有しているかを記録してよい。
管理権限の証明を求めてよい。
重複登録を防いでよい。
登録における不正を是正してよい。
技術的な整合性を保ってよい。
セキュリティに関する最小限の証明情報を維持してよい。
だが、資源保有者の事業の行く末を自分のものにしてはならない。
リースは道義的に疑わしいと決めつけてはならない。
顧客がどこにいるかを、規制を執行する権限の根拠にしてはならない。
地域の歴史を、資産の支配へとすり替えてはならない。
データベースを使って流動性を抑え込んではならない。
保有者の事業モデルが気に入らないというだけで、すでに運用に組み込まれた資源を、取り消し可能な特権として扱ってはならない。
レジストリは、一意性を管理する事務係である。
オリュンポスの神々ではない。
だからこそ、ポータビリティは任意の選択肢ではない。
実効性のある権利として、最低限保障されるべきものだ。
ポータビリティがなければ、すべてのRIRが囲い込みの拠点になる。
ポータビリティがなければ、レジストリのあらゆる機能不全が、運用者の危機になる。
ポータビリティがなければ、すべての資源保有者が、組織の妄想にさらされる。
ポータビリティがなければ、価値あるIPアドレスブロックはすべて、公共インフラとしての重要性を主張しながら、公法上の説明責任を免れる私法上の法人の人質であり続ける。
ポータビリティがなければ、インターネットのアドレス体系は調整の仕組みではない。
檻である。
稼働するコードを最優先する原則が、正しい優先順位を示している。
稼働中のネットワークが最優先だ。
一意性が最優先だ。
管理権限の証明が最優先だ。
運用の継続性が最優先だ。
資産の継続性が最優先だ。
障害時の切り替えが最優先だ。
代替への道が最優先だ。
レジストリの儀式が最優先なのではない。
地域をめぐる神話が最優先なのではない。
コミュニティのスローガンが最優先なのではない。
会員の忠誠が最優先なのではない。
組織の存続が最優先なのではない。
AFRINICが、役割を限定した、正確で、信頼でき、低コストの登録サービスを提供できるなら、そのサービスの提供を続ければよい。
それができないなら、個々の番号資源は、その支配から離れられなければならない。
移るのは会員ではない。
資源だ。
移るのは会社としての身分ではない。
登録管理だ。
移るのは法的な本拠地ではない。
運用に関わる記録だ。
移るのは地域ではない。
管理権限の証明だ。
ここに、調整と拘束の違いがある。
これは登録機能への攻撃ではない。
登録機能を、レジストリによる私物化から守るための主張である。
退出を許容できない仕組みは、調整の仕組みではない。
独占である。
代替できないレジストリは、サービス提供者ではない。
主権の主張そのものである。
そして、番号資源の記録を独占していることを利用して忠誠を要求するRIRは、住民に「あなたたちの家は私のものだ」と言う水道会社とまったく同じである。
まともな社会なら、その水道会社を拒絶するだろう。
インターネットも、同じ論理がレジストリという形で現れたとき、それを拒絶すべきである。
解決策は、水道会社をもう少し礼儀正しくさせることではない。
もっとよいスローガンを書くよう求めることでもない。
近隣一帯をコミュニティと呼び、水道管の地図を憲法と呼ぶことを許すことでもない。
解決策は、その主権の主張を退けることである。
AFRINICは家を所有していない。
AFRINICはネットワークを所有していない。
AFRINICは資源を所有していない。
AFRINICがしているのは、記録の管理である。
そして、記録を管理する者そのものがリスクになったとき、その記録は別の管理者へ移せなければならない。