インターネットはなぜ無色なのか——効率に色はないからだ
効率的なネットワークにとって、あなたが何者かはまったく問題にならないのはなぜか?

Lu Hengにとって、協力を評価する基準は、その人に貼られたラベルではなく、その人が何を貢献するかだ。共通の仕事は、情報が流れるようにすることである。
結局、効率とインセンティブは必ず勝つ。人間が善良だからではない。何が生き残るかを、仕組みが選び取るからだ。
かつては、人種、肌の色、そして「身内」であることが、しばしばものをいった。そうした物語は役に立った。責任を負わずに価値を奪うための隠れみのとなり、略奪を「美徳」にすり替えることで罪悪感を薄めてくれた。それは道徳ではない。ビジネスモデルだった。
だが、世界はよい方向へ変わりつつある。成長の原動力として、もはや略奪を必要とはしない。
情報化時代が平等に報いるのは、優しさからではない。平等が効率的だからだ。人をラベルではなく、知性を持つ存在として扱う。あらゆる差別、あらゆる分断、強制されたあらゆる帰属の境界線は、知性に課される税だ。才能を妨げ、協力を妨げ、情報の流れの効率を妨げる。
そして情報の時代には、情報が流れなければ金も流れない。
インターネットのインフラでは、効率を極限まで追求する資本主義は、必然的に肌の色を問わなくなる。パケットは、あなたが誰かを気にしない。ネットワークは、あなたがどんな物語を語るかを気にしない。資本は、あなたがどこで生まれたかを気にしない。ある物語が効率を下げ、コストを増やし、価値創造を妨げるなら、その物語は取り除かれる。
だからこの分野では、アイデンティティ政治も、地政学をめぐる芝居も、いずれ行き詰まる。
中国対米国。アフリカ対欧州。「地元」対「外国」。これらの語りはすべて、インセンティブを感情に置き換えようとする。罪悪感と恐怖によって資本を支配しようとする。しばらくは通用しても、計算には勝てない。
金は、何かを築くところへ流れるからだ。効率は、機能するところで高まる。そして、実際の担い手であるISP、クラウド事業者、ネットワーク、運用事業者に利益をもたらす仕組みが勝つ。彼らこそが、重荷を引き受けているからだ。
インフラで勝つのは、摩擦を減らし、接続を広げ、信頼性を高め、実際にインターネットを動かす人々に対価を払うモデルである。
それ以外は、すべて雑音だ。
だから、進むべき方向は明らかだ。インセンティブを一致させ、貢献に報い、価値創造を妨げる偽りの分断を取り除く仕組みを築くことだ。
私について語られることの中には、純粋な雑音がある。「アフリカを植民地化する」「中国の工作員」といった類いのラベルだ。インセンティブや結果を論じられない人々が、属性と動機の話へ逃げるとき、こうした言葉が現れる。議論が弱ければ、標的は仕組みではなく、その人自身になる。
だが、私は無色だ。私のビジネスも無色である。
私は、平等を徹底して追求する。それを道徳原則として掲げるだけではない。平等こそが、私の仕事を定義し、私の信念を形づくるものだからだ。情報の自由な流れ、インセンティブの一致、そして誰にでも役立つインフラを築くこと。それが私の仕事であり、信念である。
私が語ることは、私の金が生まれる場所に根ざしている。
そうではないと言う人は、私の立場を理解していない。私の金がどこから来るのかも理解していない。私の金は、ネットワークが効率を選ぶことから生まれる。運用事業者が価値を選ぶことから生まれる。現実が、機能するものを選び取ることから生まれる。
敗者には、ラベルを追いかけさせておけばいい。
勝者は、築く。
効率が勝つ。
インセンティブが勝つ。
いつでも。