なぜ中央集権的な代替案は失敗するのか――分散型レジストリだけが実現可能な道である理由

国家や条約に基づく組織でレジストリを置き換えてもうまくいかないのはなぜか。代わりに何が機能するのか?

背の高い書類棚の横に、対等な三つの開かれた台帳が三角形につながって並ぶ概念図。

Lu Hengは、ネットワークが単一の機関に依存せず相互に調整できる、共有の記録を提案する。

IPv4の枯渇によって地域インターネットレジストリ本来の割り振り機能が役割を終えると、一つの問いが繰り返し浮上した。RIRは存続すべきなのか。存続するなら、どのような形であるべきか。国家による管理、政府間組織、IAEAのような組織をモデルとした条約に基づく機関など、さまざまな代替案が提唱されてきた。だが、これらの案にはすべて共通の欠陥がある。単純な技術的問題を解決するために、政治と官僚制の複雑さを持ち込もうとしているのだ。

レジストリが根本で解決しているのは、ごく単純な問題である。それは、どのネットワークがどの番号を使っているかという一つの事実を記す台帳だ。技術的には複雑なことではない。難しさはひとえに世界規模での調整にある。ネットワークにRIRの承認を義務づける国際法も条約もなければ、主権国家として負う義務もない。ネットワークがRIRに従うのは、純粋に自発的な合意による。歴史的に、誰もが同じ台帳を受け入れることを選んできたからだ。レジストリに力を与えたのは、この事実上の合意であって、法律ではない。

小さなデータベースを、何千もの会議、政治的紛争、ガバナンスの失敗を伴う1億ドル規模の組織に変えたのは、まさに中央集権化である。中央集権的な制度には合意が必要になり、合意には政治が必要になる。そして政治は必然的に、特定勢力による組織の取り込み、対立、不安定さをもたらす。レジストリの権限を政府や政府間組織の枠組みにさらに組み込んでも、この問題は解決しない。すでに脆弱な仕組みに法と地政学の層を重ね、問題を増幅させるだけだ。

分散型モデルは、問題を根から取り除く。各ネットワークが自らの番号資源を表す暗号学的な証明、すなわち自らの記録やトークンを保有すれば、世界全体での番号の一意性は、中央機関ではなく台帳そのものによって保証できる。制度は複雑になるのではなく、単純になる。調整は政治の問題ではなく、技術の問題になる。

このモデルは主権を弱めるものではない。むしろ強める。政府は自国の領域内で完全な権限を保持する。国内法が中央での管理を求めるなら、規制当局は事業者に対し、登録を国家の管理下に置くよう義務づけられる。法律が民間の責任を重視するなら、ネットワークは独立して運営できる。決定的な違いは、規則の執行が外国や超国家的な民間機関を通じて行われるのではなく、それぞれの国の主権に基づく法律の下で、国内で行われることにある。分散化は自律性を損なうのではなく、取り戻すのだ。

中央集権的な国際制度は、政治的な圧力がかかれば必然的に機能不全に陥る。地政学的な対立が生じると、共同の制度は分裂し、その代償を無辜の利用者が負う。歴史がそれを示している。いまやインターネットは、電気や水道に並ぶ不可欠な公共基盤だ。その安定を政治の混乱にさらすことは無謀である。分散型台帳は、設計そのものによって障害の影響を封じ込める。一つの地域の危機が、世界全体へ波及することはない。

したがって、選択は明白だ。今日の経済的・政治的な重みを想定せずに作られた制度に、官僚機構を積み重ね続けるのか。それとも、その場しのぎの継ぎはぎをすべて取り払い、それぞれの法的環境の中でネットワークが自らを治められるようにするのか。どの制度にも悪意ある者は現れる。しかし分散化すれば、誰にも世界規模の強制力を与えずに、ネットワークがそうした者を自然に迂回できる。

地域インターネットレジストリというモデルは、番号資源の現在の価値と戦略的重要性を前提に作られたものではない。拡大しても救うことはできない。所有権、権限、責任を分散させ、仕組みを単純にすることだけが、規模の拡大に対応できる道である。

これはイデオロギーではない。システム工学である。