RIRの執行権限の拡大はなぜIPv4の流動性を静かに殺すのか——そして、なぜそれを止めなければならないのか
監査と事前承認は、どのように市場を配給待ちの列に変えてしまうのか?

移転を記録する仕事が、移転を許可するかどうかを決める仕事に変われば、レジストリはボトルネックになり得る。Lu Hengは、拡大するこの執行上の役割がIPv4の流動性を損なうと論じる。
RIRの執行権限がじわじわと拡大していることは、公然と論じられる機会が少ない。だが、それはIPv4の流動性に対する、目に見えない最大の脅威となった。RIRはもともと、アドレス空間を登録し、記録するために設計された。それが任務だった。時とともに、この限定的な役割は、はるかに踏み込んだものへ、ひそかに拡大してきた。取引を監査し、移転を凍結し、過去の利用実態を遡って問題視し、「ポリシーの遵守」を旗印に二次市場へ介入する。言い方だけを聞けば、責任ある行動に聞こえる。実態は、IPv4を買わず、保有せず、保有コストも負担しない者たちが、着実に権力を蓄えているということだ。それでも彼らは、誰が売れ、誰が買え、どのような条件なら認められるかを、ますます決めるようになっている。
これは市場を適切に管理することではない。技術の言葉を通して再導入された、配給の論理だ。このパターンがどう終わるかは、歴史がすでに示している。中央計画経済では、希少性が存在していても、価格シグナルが政治的に不都合であれば、官僚組織は必要性に基づく配分を考案する。金だけでは足りなくなり、承認が必要になる。所有は条件つきになる。結果はいつも同じだ。流動性が崩れ、闇市場が生まれ、資本が凍りつき、希少な資産が構造的に過小評価されたままになる。IPv4は今、同じ道へ押しやられている。アドレス空間を「所有」しているとしても、それを移転できるかどうかは、必要性、過去の正当な根拠、行政的な許容性について、不透明で絶えず変わる定義を満たせるかに左右される。
市場への影響は即座に現れ、予測もできる。流動性が枯れる。実際に自らの資金を賭けている運用事業者、クラウド事業者、インフラの担い手は、大規模な取引をためらう。需要が弱いからではない。執行に伴うリスクが非対称で、価格に織り込めないからだ。監査のきっかけ一つ、遡及的な解釈一つ、コンプライアンス上の異議一つで、合理的な取引が遅延し、覆され、あるいは手を出せない危険な案件になる。市場は、市場として機能しなくなる。価格発見は、許可を求める行為に置き換わる。あなたは資産を取引しているつもりでも、実際には配給券を申請しているのだ。
経済の仕組みは容赦がない。本当の流動性には、明確な価格シグナルが必要だ。明確な価格シグナルは、資本の複利的な成長を可能にする。その資本の複利的な成長によって、IPv4は技術的な資源から、1兆ドル規模の資産クラスへと進化する。執行権限の拡大は、その逆を行く。流動性を抑え、価格に人為的な上限を設け、資本を防御的で回転の遅い保有状態に閉じ込める。所有は象徴にすぎなくなる。資産は存在するが、本来の価値を表すほど自由には動けない。強制されない限り、合理的な買い手は「遵守の証」に割増価格を払わない。そして今日、その強制力は、誤った価格づけや資本の破壊の結果を引き受けない管理者の手に集中している。
こうして生まれるのが、恒久的な執行税だ。表面上、その仕組みは秩序正しく、道徳的に見え、「コミュニティを守る」ものとして語られる。実質的には、必要性に基づく配分の最悪の失敗を再現している。価格を伴わない希少性、制御する権限を伴わない所有、そして行政手続きの待ち行列にまで切り縮められた市場だ。あらゆる配給制度と同じく、まず守られるのは、承認を出す機関である。その権威、予算、存在意義であって、基盤となる経済ではない。
これは止めなければならない。登録機関が警察になってはならない。移転審査が配給の仕組みになってはならない。測定可能な経済的根拠を欠いた、抽象的な「コミュニティのリスク」という語りのために、IPv4の流動性を犠牲にしてはならない。制御する権限は、実際にリスクを負う者へ戻さなければならない。CEO、株主、そして実際にネットワークを構築し、運用する人々へ。移転の価値は、市場に決めさせよ。リスクは、行政的に押しつけるのではなく、価格に織り込め。所有を、再び所有たらしめよ。
執行権限の拡大がついに終わるとき、それはRIRが政治的な争いに敗れたからではない。歴史がすでに明らかにした教訓を、業界が認めたからだ。希少資産を必要性に基づいて統制しても、価値は守られない。体系的に破壊される。